福山誠之館同窓会 > 所蔵品 > 00038頼山陽肖像画(大雅堂義亮・頼山陽・頼三樹三郎)

00038頼山陽肖像画(大雅堂義亮・頼山陽・頼三樹三郎)

 

「頼山陽肖像画」 00038
大雅堂義亮 天保3年(1832年)
頼山陽 賛文 天保3年(1832年)
頼三樹三郎 賛書 嘉永3年(1850年)初夏
絹本着色 114×40 cm
↓「頼山陽肖像画」

 

↓肖像部分

 

↓賛

 

↓賛読み

 

↓賛読み下し

 

↓賛 姓名印 ↓賛 雅号印 ↓賛 遊印
 

 

↓肖像画 落款 ↓肖像画 姓名印 ↓肖像画 雅号印

 

解 説
この頼山陽の肖像画の原画は、山陽の門人大雅堂義亮(号・東山義亮)が、天保3年(1832年)8月、山陽の終焉に先立つ1ヵ月前に描いたものであり、病中憔悴しながらも、気力にみちた山陽の風貌を活写している。

その後義亮は人々の求めに応じて多くの複製を頒ったが、この絵もその1枚で、それを入手していた江木鰐水が頼三樹三郎に依頼して頼山陽作の賛文を書いて貰ったのであろう。それは絵が描かれてから19年後の嘉永3年(1850年)のことであった。   (出典1)

もともとこの肖像画は、江木鰐水家が所蔵していたものである。昭和30年代に多くのものが江木家より誠之館に寄贈された時に、この肖像画も寄贈された。

 

訳 注
(せい、さい)
あえる、あえもの。つけもの。くだく、こまかにする。
ここでは塩虀と言っているが、通常は虀塩といい、塩づけの野菜の料理のこと、転じて粗食のこと。
曲尺直尋
(きょくしゃく・ちょくじん)
読み: 尺を曲げ尋を直(なお)
大意: 大義のために小義を犠牲にするたとえ
1尺のものを曲げても、8尺のものをまっすぐにできればよい。
迂拙(うせつ) 世間知らずのおろかもの
庚戌(かのえ・いぬ) ここでは嘉永3年(1850年)のこと
(落款)頼醇 醇は頼三樹三郎の名
(賛姓名印)頼醇 醇は頼三樹三郎の名
(賛雅号印)三樹 三樹は頼三樹三郎のことか
(賛遊印)古狂 古狂は頼三樹三郎の号である古狂生のことか
(肖像画落款)
門人東山義亮寫
門人とは頼山陽の門下であるということ、
東山義亮は大雅堂義亮のこと
(肖像画姓名印)義亮 義亮は大雅堂義亮のこと
(肖像画雅号印)无適
无は無の意味、よって無適の意
出典1: 『論語』里仁第四
原文: 「君子之於天下也、無適也、無莫也。義之與比
読み下し: 君子の天下に於けるや、適も無く、莫も無し。義 之と与(とも)に比す。
大意: 教養人の世におけるありかたは、[公平であり]、一方的な肯定(適)もなければ、一方的な否定(莫)もない。ただ筋の通ったこと(義)、それだ、それに従う(比)までだ。 (出典2)

 

出典1:『誠之館記念館所蔵品図録』、63頁、福山誠之館同窓会編刊、平成5年3月23日
出典2:『論語全訳注 増補版』(講談社学術文庫)、86頁、加地伸行著、講談社刊、2009年9月10日