福山阿部藩
藩主
誠之館
先賢
福山藩
関係者
誠之館
歴代校長
誠之館
教師
誠之館
出身者
誠之館と
交流した人々
誠之館所蔵品
関係者
誠之館同窓会
歴代役員
白洲正子
しらす・まさこ
随筆家
白洲正子 (出典1)


経 歴
生:明治43年(1910年)1月7日、東京府東京市麹町区(現東京都千代田区)生まれ
没:平成10年(1998年)12月26日、享年89歳、兵庫県三田市心月院に葬る
大正3年(1914年) 4歳 能を習い始める
大正13年(1924年) 14歳 女性として初めて能楽堂の舞台にたつ
大正13年(1924年) 14歳 学習院女子部初等科修了
大正13年(1924年) 14歳 アメリカでハートリッジ・スクールに入学
昭和3年(1928年) 18歳 ハートリッジ・スクール卒業
昭和4年(1929年) 19歳 白洲次郎と結婚
昭和17年(1942年) 32歳 東京府南多磨郡鶴川村能ヶ谷(現東京都町田市)の古農家を購入
昭和17年(1942年)ごろ 32歳
ごろ
細川護立に古美術の手ほどきを受ける
昭和18年(1943年) 33歳 鶴川村に転居
昭和39年(1964年) 54歳 随筆『能面』で第15回読売文学賞
昭和47年(1972年) 62歳 随筆『かくれ里』で第24回読売文学賞


生い立ちと学業、業績
東京府東京市麹町区(現東京都千代田区)において、父樺山愛輔、母恒子の次女に生まれた。
祖父は樺山資紀(海軍大将・伯爵)。
生涯をとおして、薩摩志士の伯爵家に生まれた自らの性質や出自を強く意識していた。

骨董や工芸に深い造詣をもつとされた青山二郎を師とした。

幼少時より梅若流の能の舞台にあがり、能に造詣が深く、青山二郎や小林秀雄の薫陶を受け骨董を愛し、日本の美についての随筆を多く著した。
著書多数。


誠之館所蔵品
管理 氏  名 名  称 制作/発行 日 付 コメント
05449 白洲正子 差出 「福原麟太郎宛年賀状」 昭和53年
05500 白洲正子 著 『遊鬼 わが師わが友』 新潮社 平成元年 「福原麟太郎先生を偲ぶ」
06003 白洲正子 著 『現代日本のエッセイ 古典の細道』(講談社文芸文庫) 講談社 平成6年
05578 白洲正子 著 『白洲正子自伝(新潮文庫)』 新潮社 平成11年
04846 外山滋比古 編 『日本の名随筆(別巻22) 名言』 作品社 平成4年 白洲正子「人が見たら蛙になれ」
05576 山本七平 著 『小林秀雄の流儀(PHP文庫)』 PHP研究所 平成6年
05567 白洲信哉 著 『白洲家の流儀 祖父母から学んだ「人生のプリンシプル」(小学館新書)』 小学館 平成21年


出典1:『白洲正子自伝(新潮文庫)』、白洲正子著、新潮社刊、平成11年10月1日
出典2:『日本の名随筆(別巻22) 名言』、126頁、白洲正子、「人が見たら蛙になれ」、外山滋比古編、作品社刊、1992年12月25日
出典3:ウィキペディア「白洲正子」
2009年9月14日追加●2009年9月15日更新:誠之館所蔵品●2009年10月7日更新:誠之館所蔵品●2010年1月29日更新:誠之館所蔵品●2010年2月15日更新:写真、誠之館所蔵品●2015年6月11日更新:誠之館所蔵品●2015年8月5日更新:誠之館所蔵品●