福山藩
藩主
誠之館
先賢
福山藩
関係
誠之館
校長
誠之館
教師
誠之館
出身
誠之館
交流
所蔵品
関係
同窓会
役員
石川柳城
いしかわ・りゅうじょう
南画家


経 歴
生:弘化4年(1847年)10月、尾張生まれ
没:昭和2年(1927年)12月10日没、享年81歳
中野水竹・吉田稼雲につき文人画を学ぶ
京都に出て日根野対山・中西耕石らと交わる
明治29年(1896年)〜
 明治35年(1902年)
49〜
55歳
台湾から南中国を歴遊して研鑽
日本南宗画会を結成、その幹事をつとめる
明治42年(1909年) 62歳 東京から名古屋に移住
中央南宗画会の再興に当たり、幹事をつとめる


生い立ちと学業、業績
生い立ち
尾張の人で南画家。
名は戈足
(かそく)、字は子淵(しえん)、通称は金四郎のち孝蔵、号は柳城。
本姓は伊東。


学業

生地において、中野水竹・吉田稼雲につき文人画を学ぶ。
京都に出て日根野対山・
中西耕石らと交わる。

業績

明治29年から明治35年ごろまで、台湾から南中国を歴遊して研鑽をつんだ。
帰国後、日本南宗画会を結成、その幹事をつとめる。
明治42年に東京から名古屋に居を移した。
その後、中央南宗画会の再興に当たり、幹事をつとめた。
南画の泰斗として、その名を知られ、詩や書も良くした。


誠之館所蔵品
管理 氏  名 名  称 制作/発行 日 付
00152 石川柳城 書 書「荷香嶽色書樓」 明治10年


2015年10月2日追加●