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書家、広島大学教授 | |||||||||
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経 歴 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
生:明治36年(1903年)3月23日、岡山県吉備郡薗村建坂(現倉敷市真備町市場)生まれ | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
没:平成9年(1997年)1月10日、享年94歳 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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生い立ちと学業、業績 |
明治36年(1903年)に岡山県吉備郡薗村(現倉敷市真備町市場)生まれ。 名は政雄、字は文卿、号は桂園・耕心齋。 薗小学校に入学した6歳から習字を学び、7歳のとき「中国民報社」(山陽新聞社の前身)の書初め紙上展で見事入選。 岡山県立矢掛中学校(現岡山県立矢掛高等学校)在学中、日下部鳴鶴先生の書に感動し、号を「桂園」と称した。 「桂」は古代ギリシャの月桂冠、「園」は出身地の薗村にちなんで名付けられたといわれている。 その後、日下部鳴鶴門下の丹羽海鶴先生の門に入り、岡山師範学校入学の後は大原桂南先生の教えを受け、在学中に史上最年少で文検習字科に合格、以来中央の各種書道展で次々と最高賞を獲得するなど20歳代で中央書壇における若き実力者として確固たる地位を築いた。 また、昭和6年(1931年)熊本師範学校教諭となり、昭和14年4月には広島高等師範学校の助教授となり、その年8月からは、文部省の委嘱により国定教科書の執筆に専念、さらに昭和26年(1951年)からは戦後の検定教科書の執筆にあたる。 昭和24年(1949年)から広島大学教授、昭和41年(1966年)からは安田女子大学教授として数多くの人材を育て、日本書道教育研究会顧問、全国大学書道学会会長、日本書道教育学会名誉会長などの要職に就く。 平成9年1月に94歳で永眠。 真備町教育委員会では、桂園の業績を末永く顕彰しようと、平成11年(1999年)8月21日から9月26日までマービーふれあいセンターで、引き続き10月5日から10月14日まで岡山市新京橋の墨潮会館で、井上桂園遺作展を開催した。 また、平成12年度から、町内の小・中学生を対象とした井上桂園賞児童生徒書道展をマービーふれあいセンターで開催している。 |
誠之館所蔵品 | ||||
管理 | 氏 名 | 名 称 | 制作/発行 | 日 付 |
04332 | 井上桂園 書 | 扁額「石泉香」 | − | − |
出典1:HP「倉敷市」 出典2:『日本書道史』、374頁、奥山錦洞著、清教社刊、昭和16年12月5日 |
2005年1月7日追加●2006年6月15日更新:タイトル・経歴(吉備郡真備町→倉敷市真備町)・本文(吉備郡真備町→倉敷市真備町)●2008年1月10日更新:本文●2009年10月29日更新:氏名・経歴・出典●2010年11月10日更新:本文・出典● |